大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和24年(ワ)2501号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

(事実)

原告らの長男某が被会社経営の東上線大山駅附近の踏切を自轉車に乘つて横断しようとした時、被告会社運轉手被告渡辺の運轉する電車に衝突して死亡した。原告らは本件事故発生の原因として、運轉手の過失とともに、事故現場である踏切附近は電車運轉台よりの見透が惡く、かつ踏切の交通量が多いのであるから、経営者である被告会社としては遮断機警報ベル等適切な保安設備をなすべきであるに拘らずかかる設備をしなかつたことを主張している。これに対し、被告は、踏切に対する保安施設を設けることは、鉄道が自主的見解によつて決定すべきものであるから鉄道の義務ではなく、又、全踏切に遮断機等の設置をするとなると労働基準法により交番制を採る関係上常置三名の人員を必要とし、莫大の経費を要する結果企業として成立し得ない、と主張した。

(判斷)

一、運轉手の注意義務について。「被告渡辺豊次は本件電車を運轉し踏切約三百米手前の警笛吹鳴の予告標に從い警笛を吹鳴し本件踏切に差しかかり踏切前約二十米の地点に至つた際、右踏切から五米位離れた路上に突然被害者脇田照久が自轉車に塔乘し、電車に気づかず踏切に向つて來るのを発見したので、すぐ短声数声の非常警笛を鳴らすと同時に直ちに非常制動の処置を施したが、極めて近距離の事であり速度も時速約四十五粁であつたので制動の効果の発生しないうちに被害者の自轉車の荷掛に電車の前頭部右側が衡突し該電車は右被害者を発見したところから約八十三米進行して急停車した事が認定される。檢証の結果によると、本件踏切より上り線路の見透は約三百五十米位は直線軌道で良好であるが、電車に乘つて運轉台より展望すると、本件被害者の如く、左側から本件踏切を通過しようとする車馬歩行者等は板橋養育院の高さ約一米八十糎の生垣が本件軌道に沿い併行して本件踏切まで約二百米に亘り連続しているため全く見透し得ず、却つて左側の通路より本件踏切を自轉車で通過しようとすると前記生垣の間隙より進行する本件電車を散見し得るし、且右養育院の構内は空地であるから本件踏切に向つて進行する電車の屋根の部分を展望し得るし、又その進行する音響をも容易に聽く事が出來る状況である事が認められる。(中略)思うにその事業経営の利益の全てがその事業経営者に帰属する場合においては、その事業経営から生ずる危害は一切その事業経営者がこれを防止する義務のある事は当然であるが、鉄道電車の如く公共的性質を有する「高速度」交通事業の場合においては、「共同生活における相互補助の精神」に從つてその「高速度」交通によつて公衆においてもその利益を享けるのであるからその高速度によつて当然生ずる危害も之を防止すべき義務を負担しなければならない。しかして、都内の專用軌道を進行する鉄道電車等の交通機関が都内にある全ての踏切を通過するに当つて、悉く減速して之を通過しなければならない義務があるとしたならば、「高速度」交通機関としての効力は全く減却する事になるから右の「高速度」による危害の防止義務は一般公衆が負担すべきであると言う事が出來る。よつて本件の場合においても電車の運轉士被告渡辺が前敍認定の如く本件踏切を通過するにあたつて減速せず時速四十五粁の速度で通過したとしても、右踏切の手前三百米で警笛を吹鳴して右踏切を通過する一般公衆に対してその危險を警告した以上、右運轉士は運轉上に過失はない。殊に、前記認定の如く被告渡辺が被害者を発見したのは踏切手前二十米の地点であつて、同人は直ぐに非常制動の処置を執つたが、右電車は右地点から約八十三米進行して急停車したと云うのであるから、証人××の証言により明かな通り本件電車で時速四十五粁の速度で進行している場合非常制動の処置を執れば五十五米乃至七十米位で急停車すべきであるから、之の事実から推定すると被告渡辺の右急停車の処置には多少遺憾の点が窺われない事はないが、前敍の如く被告渡辺が被害者を発見したのは踏切手前二十米の地点であり、しかも右二十米手前で発見したのは前記認定の本件踏切附近の地勢の関係上、前方を注視しても之れ以上早く発見する事は不可能であつたのであるから右の地点で被告渡辺が如何に適切有効に急停車の処置を執つたとしても本件事故の発生を未然に防止する事が出來なかつた訳である故、結局本件電車運轉士被告渡辺は本件事故発生には何等運轉上過失がなかつたものと言わねばならない。」

二、経営者の設備義務について。「まづ鉄道電車等の高速度交通事業の経営者が踏切における事故防止のために遮断機、警報機等の保安設備を設置する義務の基本概念はどこにあるかについて考えてみるに高速度交通によつて一般公衆の享ける利益は前記第二のハに説示した通り「高速度交通」それ自体にあるのであるから、この「高速度」を犧牲にしてまで経営者は公衆に対して危險防止を計る義務はないことは前敍の通りである。しかるに踏切の設備を完全にするとか、線路を整備するとか、又は車体を堅固にして危害を防止することは、如何に経営者が之を完全にしても「高速度」を犧牲にすることなく、反つて益々「高速度」の能率を高めしめて、しかも一般公衆に対する危害をより多く防止できることは多言を要しない。從つて事業経営者は現在の科学の許す範囲においてこの設備を完全にすべきであつて、この設備を怠つていて公共事業の名の下に公衆の注意義務を期待することは許されないと思う、何となれば右の設備を完全にすることによつて「高速度交通」の事業が公共事業としての本來の使命である「高速度」を阻害する結果には決してならないからである。ことに災害による生命身体の法益は財産的法益とは異り、仮りに金銭賠償が充分に支拂われたとしても金銭に換えがたい法益であつて生命を喪つた本人にとつては永久に、且つ絶対にこの地上から影を消してしまい、つまり、たつた一度の生涯を犧牲にして再び復帰することは絶対に望めないのであるから、金銭では償い得ない貴重な法益と言わねばならない。從つて高速度交通の如く事業の性質上必然的に一般公衆の生命に対して危害を生ぜしめる危險を伴う事業を経営するものは、原則としてその災害を防止するために至高至大の義務があると言うことができる。しかし大審院がかつて説示(大正十五年十二月十一日)した通り「如何なる踏切にも番人を配置し、しかも終日終夜監視の任に当らしむればその万全の策であることはもとより論なきも、要は経費の問題であり、有限の資を以てなすべきことと、挙ぐべきの績と一として足らざるにおいてその間自ら緩急の別なきを得」ないということも当然の理であるから、交通事業経営者が右の施設を完備するためにその事業経営が不可能になるならば、その公共事業としての交通事業自体が成立しえないのである故、かかる場合には経営者は公衆に対する災害防止義務が阻却されるものと言わねばならない。從つて結局経営者が踏切における保安設備を如何なる程度に施設すべきかは当該踏切について敍上説示の諸点を考察して具体的にその要否を決定すべきものと考える。よつて被告会社が本件踏切に保安設備を施設する義務があるかどうかについて稽えてみるに、(甲)成立に爭のない甲第二号証によると本件踏切における昭和二十四年四月三十日正午から十九時迄、同年五月一日午前七時から同十二時迄の十二時間の交通量は歩行者三千四百十七人、自動車五十一台、自轉車千二百七十九台中馬車六十四台迄あることが認められ、本件事故発生の同年三月三十日当時も右と大差なきものと推定できるから、本年事故発生当時における本件踏切の交通量は相当頻繁であることが明かである。(乙)前記第二の(ロ)に認定の如く、本件踏切に至る上り線三百五十米以上は直線軌道であるから見透しは不良とはいえないが、電車運轉台から上り線によつて本件踏切を通過せんとすると、左側の養育院の線路に併行する生垣のためその視野を妨げられ本件被害者の如く左側道路から本件踏切を横断せんとする者に対しては全く見透しができなく、通行者が本件踏切の手前約五米位に迫つて電車が踏切手前三十米から二十米位迄進行した時、初めて運轉台から右通行者を認めうる状態であるから電車運轉士が如何に適切有効に非常制動の処置をとつても制動距離の公算上(時速三十粁の電車でも六十二三米を要する)絶対に事故を未然に防止することができないことが認められる。從つて前記の甲の交通量と乙の踏切の地勢からする見透状態を併せ考えると、本件踏切には事業経営者として遮断機を設けて番人を置き交通を遮断して危害を防止する義務あるものと当裁判所は判定する。(中略)又当裁判所に顯かである遮断機の設置費用は三万円位であつて之に配する番人の人件費も交替制によつて二人とするも一カ月合計二万四千円位であることから考えると右程度の経費の支出によつて直ちに被告会社がその経営上存立を危くするが如きことは常識上考えられないのみならず、被告からも右認定を左右するに足る会社の経理に関する何等の主張も立証もない。被告会社はその経営する東上線池袋駅から寄居駅間だけでも一米八以上の踏切が二百五十八箇所あつて、これに全て遮断機を設置するとせば莫大の費用を要すと主張するけれども、原告もあえて右の踏切の悉くに遮断機を設置することを主張するものでなく、本件踏切についてその交通量と地勢とにかんがみて、その設備をする義務があつたというにすぎないから右被告の主張は当らない。被告会社は本件踏切には進駐軍の命によつて警標と百ヤード手前に予告警標があるからそれで十分であると主張するが、かかる警標のあつたことは檢証の結果明かであるが、かくの如き警標は前方に電車線路の存在することを認識せしめるについては多少の効果があるが、特定の電車の進行し來ることを注意するには何等の効果はないから、特定の電車の進行を警戒せしむる設備を要すと認められる本件踏切においては、かくの如き設備をなすことのみを以ては経営者として過失の責を免れえないと思う。」

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!